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福岡地方裁判所小倉支部 昭和42年(ヨ)529号 判決

申請人

河野瑤子

代理人

鍬田万喜雄

外三名

被申請人

東陶機器株式会社

代理人

末松菊之助

外一名

主文

一、申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有することを仮に定める。

二、被申請人は申請人に対し、昭和四三年一月から本案判決確定に至るまで、毎月一〇日限り金二三、九一八円但し昭和四三年一月一〇日の分は金二〇、〇六〇円)を仮に支払え。

三、申請人その余の申請を却下する。

四、申請費用は被申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被申請人が陶食器、衛生陶器及び付属金具の製造販売を業とする会社であること、申請人が昭和三五年三月一〇日被申請会社に雇備され、以来同会社金具検査課に勤務していたこと、被申請人が昭和四二年一二月五日申請人に対し、被申請会社の就業規則六四条五号に該当する行為があるとして、懲戒解雇する旨の意思表示をなしたこと、右就業規則六四条には「次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。し、情状により依願退職の取扱いとし、または出勤停止に処することがある」として、その五号において「職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序をみだし、またはみだそうとしたとき。」と規定されていること、同就業規則三六条においては「会社製品に限らず日常携帯品以外の物品を工場外に持出すときは、各責任者より持出証を受け、これを守衛に差出して点検を受けなければならない。携帯品の検査を要求された場合、これを拒むことはできない。」と定められていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二被申請会社における携帯品検査の実態

〈証拠〉を総合すると、次の事実が一応認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

(一)  被申請会社小倉工場(本社)の特に金具工場においては、多量の金属類が使用され、工場各所に銅地金類、金属製品、半製品が置かれている。工場従業員は就業時更衣室で作業着に着替えるが、ハンドバッグ等私物を作業場に持つてゆくこともあり、従業員等工場構内出入者による銅地金類の持出しも不可能ではない。

(二)  被申請会社の携帯品検査については、従前から就業規則三六条において前記のように定められているが、他の企業の就業規則においても携帯品検査につき同様の規定がされているところが少くない。被申請会会社の従業員は入社すると就業規則の配布を受けるが、その時あるいはその後になつても携帯品検査につき特別の教育を受けることはほとんどない。

(三)  被申請会社本社では構内出入者は通常二つの門から出入りするが、出勤退勤時においては原則として各門の守衛所に守衛が立番をして、従業員等工場出入者の確認、監視をする。従業員が作業着等の日常携帯品以外の物品以外の物品を工場外に持出すときは、持出証に現場の組長か係長の許可印を受けて、退出時守衛所に呈示することになつている。但しこれらの場合を通じて、従業員が守衛から呼止められたり、いわんや携帯品の検査を受けることはほとんどない。

(四)  右の他に当時月に二、三回出門者につき携帯品の一斉検査が行われていた。これは夕方一時間位正門と北門の守衛所において、守衛が上司の指示又は了承の下に行なうもので、正門の守衛所においては出入口の近くに机を置いて数名の守衛が退勤者の携帯品を監視し、ハンドバッグなど日常携帯品を所有すると思われる者はそのまま通すが、疑問と思われる物を所持する者は呼止めて「それは何ですか」と尋ねて、机の上に置いてもらつてつまんだりかかえたりして確かめ、納得ができないときは「中を開けて見せて下さい」と頼んで点検をすることになつていた。しかしながら右の検査も厳格になされれていたわけではなく出門者を呼止める場合はむしろまれであり、例えばいつも紙袋を所持する者に対しては、在中品は明らかでなくとも、そのまま通らせることが多かつた。したがつて従業員も一斉携帯品検査が行われていることを意識しない場合も多かつた。まして守衛から在中品を開けて見せるよう要求されることはほとんどなかつた。

(五)  申請人は入社以来何回も右一斉検査を受けたことがあり、携帯品の上からさわられたりかかえてみられたことも数回あつた。また昭和三九年頃には、盗難事故のあつた翌日一斉検査によりハンドバッグを開けさせられたこともあつた(当日申請人は盗難事故のあつたことを知らなかつた。)。申請人が携帯品の中味を開けさせられたことはこれ一回だけで、これらを通じて一斉検査を拒否したことは一度もなかつた。

(六)  昭和四二年一一月一三日夕方、携帯品検査により一従業員が砲金棒七本を風呂敷に入れて持出そうとするのが発見された(この従業員は翌日依願退職になつた。)。そのため同月二八日開かれた部課長会及び労働組合との経営協議会の席上、社長が部課長及び組合執行委員に対し、右盗難事件に言及して警備及び現場上厳重な対策をたてる必要があることを伝えた。しかしながらこのことは現場の職制を通しても組合を通してもほとんど一般従業員に伝えられておらず、携帯品検査が特に厳重になつた風もなかつたので、申請人等一般従業員は携帯品検査の重要性につき認識を新たにしたということもなかつた。

三本件携帯品検査拒否行為

昭和四二年一一月三〇日午後五時五五分頃、被申請会社本社正門守衛所において、申請人が柏木守衛からレース編手提袋の提示を求められたこと、その袋を申請人が開けなかつたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、次の事実が一応認められ、申請人本人の供述中これに反する部分は措信しえず、他に右認定を覆えずに足りる証拠はない。

(一)  昭和四二年一一月三〇日従業員に対する食器の頒布会が行われ、従業員が肘布を受けた会社の製品を所持して退出することが予想されたので、上司である庶務課長の指示に基づき守衛による携帯品一斉検査が行われることになり、工場正門においては午後四時三〇分頃から、柏木守衛他三名の守衛が守衛所の出入口に机を出し、退出する会社従業員及び下請従業者の携帯品検査を始めた。

(二)  午後五時五五分頃、申請人は他一名の友人と共に退出するため右守衛所に入り、柏木守衛の横に来た。申請人は右手にハンドバッグをもつ他に、右肘に風呂敷包みが入つているレース編手提袋をかけていたので、不審に思つた柏木守衛が呼止めて「それは何ですか」と尋ねたところ、申請人は「新聞です」と答えて右肘にかけたまま手提袋を机の上に置いた。そこで柏木守衛は右手提袋をかかえたり風呂敷包みを上からつまんでみたりしたが、包みが大きい上に堅いものがさわつたので、「開けて見せて下さい」と要請したところ、申請人は「私のものです、見せられません」と小さな声で答えて、そのまま足早に退出した。柏木守衛はそこで守衛所内にかかつている申請人の門鑑で申請人の氏名を確認した上、正門前の道路に出て申請人を探したが、暗くなつていた上に申請人がバスに乗るため道路反対側の歩道に行つたので、見つけることはできなかつた。以上の柏木守衛と申請人のやりとりはほんのわずかの時間のことで、これ以上の会話はなかつた。なお風呂敷包みの中には申請人の私物の新聞紙とファイルが入つていた。

四所属課長による事情聴取

前項の事件により所属課長である原田課長が申請人の意見聴取を行つたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、次の事実が一応認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

(一)  昭和四二年一二月一日被申請会社人事部長添田哲太郎は庶務課から前日に起つた申請人の携帯品検査拒否行為の報告を受けた。同部長はそれを聞いて未だ確定的な意見をもつには至らなかつたが、本件は重大なことで申請人は依願退職をさせるか懲戒触雇するかの他、方法がないと考え、詳しい事情を調査するため早速金具工場の野上製造部次長と江副技術部次長を呼び、「本件は懲戒解雇に該当する重大な問題だ」と話した上調査方命令をした。

(二)  翌二日右両次長は申請人の直接の上司である原田正直金具検査課長を呼び、「本件は職場規律を乱す重大なもので懲戒解雇に該当する」と話して事情調査を命じた。そこで原田課長もことの重大性を感じ、依願退職か懲戒解雇の他には途がないものと考え、自らが申請人の保証人になつていることもあつて同人に事情聴取の際依願退職を勧めようと決意した。

(三)  一日から三日まで申請人は勤務を休んだので、一二月四日午後一時二五分頃から約一〇分間原田課長は申請人を呼んで第一回の事情聴取を行つた。なお申請人は本件のことをすつかり忘れていたので、何故課長に呼ばれたか分らなかつた。そのときの対話はおよそ次のとおりである。

原田「あなたは大変な事を仕出かしたね。」

申請人(何のことか分らず答えない)

原田「一一月三〇日の守衛所での事よ。」

申請人(やつと分る)

原田「持物点検を拒んだということは非常に重大事であり、就業規則違反である。職場規律を乱したということで懲戒解雇に該当するが、このようなことを仕出かしたことについてあなたはどう思つているのかね。」

申請人「私は点検することがおかしいと思います。親でも警察でも持物点検はできないはずです。」

原田「就業規則を犯していることには変りはないではないか。人事からは懲戒解雇だと強く言われておるけれども、それではあなたの将来のために不利で可哀想だから、私が全力をあげて依願退職の形にもつて行くから、あなたは退職願を書きなさい。中本さんのところに退職願の用紙があるから今日中に出しなさい。」申請人「私は懲戒解雇には該当しないと思います。ですから依願退職の形にしたいとは思いません。」

(四)  第二回目の事情聴取は同日午後二時二五分頃から行われた。対話内容はおよそ次のとおり。

原田「点検するのはおかしいというが、そのことは就業規則を認めないということかね。」

申請人「認めないというのではありません。点検することを認めないということです。基本的人権は会社の規則に優先するものだと私は思つていました。」

原田「あなたの考えは三六条以外の就業規則は認めるが、三六条は認めないということだね。」

申請人「そうなりますね。」

原田「ということは今後持物点検なんかした場合、そういうことには協力できないということだね。」

申請人「そうなりますね。」

原田「結局三六条を認めることができないということは会社に協力できないということだね。」

申請人「そうなりますね。」

原田「もう一回言うけれども、依願退職の形にしてくれという気持になつたら、いつでもよいから退職願を持つて来なさい。」

(五)  第三回目の事情聴取は翌五日午前八時五三分頃から約二分間行われた。対話内容はおよそ次のとおり。

原田「昨日のこと考えたかね。退職願を書く件よ。」

申請人「それ位のことでやめさせられることはないと家の人が言つていました。」

原田「あなたは従業員になる時就業規則を遵守すると誓約書を入れているのに、就業規則を認めないということと矛盾しはしないかね。」

申請人(答えない。)

原田「依願退職の形に全力を上げて持つて行きたいが。」

申請人「依願退職する気持はありません。」

(六)  第四回目の事情聴取は同日午前一〇時五〇分頃から約一七分間行なわれた。対話内容はおよそ次のとおり。

原田「今迄持物点検をされた時はどうしたのか。」

申請人「そのまま見て貰いました。拒んだことは一度もありません。」

原田「どうして今度だけ拒んだのかね。」

申請人「自分でも良く分りません。衝動的にあのような態度をとつた、その時の心理状態は今でも良く説明できません。」

原田「あなたは昨日三六条は認めないのだねと言つたら、そうですねと言つたが、このことは非常に重大なことなのでもう一回確認するわけだが、三六条は認めないのだね」

申請人(しばらくして)「ちよつと考えさせて下さい」

原田「何も考えることはないじやないか。」

申請人「そうなりますね。」

原田「三六条を認めないということは就業規則を認めないことにつながることであり、就業規則を守りますと誓約書を入れたことと非常に矛盾するではないか。」

申請人(答えない。)

原田「何も難かしいことではないではないか。認めるのか、認めないのか、どつちかではないか、はつきりしなさい。」

申請人「三六条は憲法違反だから認めません。」

原田「就業規則を守ると誓約していることはすべてを含んでいるのだから、明らかに協力できないということは認めないということではないか。」

申請人(答えない)

原田「規則を守ることのできないような人と一緒に仕事ができるか。規則を認めないで、ようこの会社で働けるな。もう一回依願退職にすることを考えてみてくれ。懲戒解雇はあまりにもあなたの将来に重大なことだから。」

(七)  第四回目の事情聴取の直後、原田課長は右の経過を江副次長は原田課長と共に添田人事部長に申請人に対する調査の結果を報告した。そこで添田部長は申請人を懲戒解雇することに決め、その旨の禀議書を作成した上、同日昼の役員会で取締役の禀議を受けた。

五懲戒解雇の効力についての判断

以上認定の事実を前提にして、被申請人主張の懲戒事由の存否及び懲戒解雇の効力につき検討を加える。

(一)  申請人の携帯品検査拒否と就業規則三六条

(1)  前記認定の事実からすると、申請人は柏木守衛から手提袋を開けて見せるよう求められたのにこれを拒否したことは明らかであるから、就業規則三六条二項「携帯品の検査を要求された場合、これを拒むことはできない。」に反したものといわなければならない。申請人は、守衛は一応の検査の目的を達したと主張するが、前記のとおり柏木守衛は質問や袋を外からさわることによつても在中品に対する疑念が消えなかつたため、袋を開けるよう求めたのであつて、未だ検査の目的を達したといえないことは勿論である。

(2) 申請人は携帯品検査を定める就業規則三六条二項は憲法一一条、一三条、三一条、三五条の各規定の精神に反し、民法九〇条の公序良俗に反して無効であると主張するので判断するに、憲法の人権保障に関する諸規定は直接私法関係に適用されるものではなく、右規定の精神が私法の規定を通して間接に適用になり、この精神に反するときは民法九〇条の公序良俗に反することになるというべきであり、この理は申請人が挙げる憲法の各条項についても同様である。そして申請人が引用する最高裁の判例(昭和四三年八月二日)が判示するように、使用者がその企業の従業員に対して行なういわゆる所持品検査は、その性質上常に人権侵害のおそれを伴うものであるから、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも就業規則その他明示の根拠に基づき、制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければ適法とならないものといわなければならない。そこで被申請会社における所持品検査につき右要件を検討するに、前記第二項において認定したように、申請人の勤務する被申請会社本社においては各所に多量の銅地金類、金属製品、半製品が使用、貯蔵されており、外部への持出しも不可能ではないこと、そのため他の多くの企業と同様に就業規則で従業員の所持品検査制度を規定していること、その方法は従業員の工場出入の際の一般的監視の他に、一斉検査として退勤者全員を対象として、日常携帯品以外を所持していると思われる者に対し質問し、外から所持品にさわり、まれには所持品の中味を見せるよう求める程度であつて、着衣にさわつたりその他身体検査に類するようなことは行われていないことが認められるので、被申請会社の業態からすると、より合理的な会社財産管理の方策を講じ、従業員に対する所持品検査制度を廃止することも可能であり、且つそれが望ましいことであるにせよ、特に被申請会社における所持品検査が身体検査に類するようなことは行わず、したがつて被検査者に不当に羞恥心、屈辱感を与え、人権を侵害するおそれが少ないことを重視すると、未だもつて右検査を違法と断定することはできず、したがつて就業規則三六条二項も公序良俗に反し無効であるとはいえないというべきである。

(3)  申請人は就業規則三六条二項にいう携帯品とは、会社製品と「日常携帯品」以外の物品を指すというべきであると主張する。なるほど従業員も個人として日常携帯品を携帯して企業を出入りすることは自由であるべきであり、会社としても日常携帯品と分るものをそれ以上検査することはできないものと解すべきである。しかしながら本件の場合は、前記のように手提袋の在中物が日常携帯品であるか否か検査者にとつて不明な場合である。しかるとき、守衛が中味を見せるよう求めることができないということになれば、就業規則三六条の趣旨は大方没却されることになる。すなわち、就業規則三六条二項の「携帯品」から「日常携帯品であることが明らかなもの」を除外する趣旨に制限的に解釈するのならともかく、申請人の前記解釈は採用することができない。

(4)  次に申請人は、柏木守衛の所持品の点検要求は恣意的であり、申請人がこれを拒否したとしても就業規則三六条に違反しないと主張する。しかしながら、前記のように申請人に対する携帯品の点検要求は当日行われた一斉検査の一環として行なわれたもので、柏木守衛が申請人に対し手提袋を開けるよう要求したのも、質問したりさわつたりしても在中物への疑念が消えなかつたためであつて、これを不合理であるとすべき理由はない。その他柏木守衛の点検要求が威嚇的であつたり、恣意的であつたことを証するに足りる証拠はなく、就業規則三六条の適用を阻却する事由は見出し得ない。

(二)  携帯品検査拒否と就業規則六四条

(1)  次に申請人の本件携帯品検査拒否行為が就業規則六四条五号に該当するか否かにつき判断を加える。まず同号の「職務上の指示命令」があつたかどうかにつき考えるに、前(一)において認定したように、携帯品検査を定める就業規則三六条二項は有効であるから、従業員たる者は個別的な場合に不当に人権を侵害するような場合でない限り右検査を受忍する義務があるもので、この義務は従業員が担当処理すべき本来の職務執行行為そのものに関するものではないが、これと密接な関係がある義務というべきだから、右義務ある場合の従業員に対する社会の指示は、とりもなおさず右「職務上の指示命令」に該当するものというべきである。そして本件当日上司の命により一斉携帯品検査が行われ、右検査を具体的に担当した柏木守衛がその一環として申請人に携帯品の開示を要求し、その方法や程度が妥当を欠いたとすべき事情が認められないことは前記のとおりであるから、就業規則六四条五号にいわゆる「職務上の指示命令」はあつたものということができる。なおこの点につき申請人は、就業規則六四条五号の規定は、従業員の就労義務の正常な履行を確保するために、従業員の服すべき職務上の規律違反を懲戒事由としたものであるから、会社財産を確保するための服務規律たる就業規則三六条違背の場合の制裁規定ではないと主張するが、右に述べたところからすると、右六四条五号が三六条違背の場合を除外すべき理由はないことになり、右主張は採用できない。

(2)  次に同号に規定する「不当に反抗し」に該当するか否かについては、前記認定のとおり、申請人は携帯品検査を受忍すべき義務がありながら、何ら合理的理由がないのにこれを拒否したのであるから、右は「不当に反抗し」に該当することは明らかである。

(3)  同号の「職務上の指示命令に不当に反抗し」という事由と「職場の秩序をみだし、またはみだそうとしたとき」という事由との関係については、文理解釈の上からも、またこれに対する制裁が原則として懲戒解雇であることからしても、同号の要件を満たすためには右の双方の事由を必要とすると解すべきであるので、次に申請人の本件携帯品検査拒否行為が「職場の秩序をみだし、またはみだそうとしたとき」に該当するか否かにつき判断を加える、文理解釈上明らかなように、右に「職場の秩序をみだし」とは現実に職場の秩序をみだしたこと、「みだそうとした」とは現実に職場の秩序をみだすには至らないが、秩序をみだすことの意図もしくは認識をもつて、みだすおそれのある行為をなしたことを指すものと解すべきである。

そこで申請人の行為が右要件に該当するか否かにつき判断を加える前提として、申請人がいかなる意図で本件携帯品検査を拒否したか検討する。前記認定のとおり、申請人は本件まで何回も携帯品の一斉検査を受け、うち一回はハンドバックを開けることを求められたこともあるのに、これらの検査を拒否したことはなかつた。本件の場合も、手提袋を外からさわられることは容認したが、開けることを求められると突如拒否してそのまま退出した。しかし拒否した後守衛からさらに開けることを求められたのに、これを拒否した事情や、その場で手提袋を開けることにつき押し問答がなされた事情は認められない。実際の在中物は申請人の私物のファイルと新聞で、会社の製品を持出したことを疑わせる事情はない。申請人は右携帯品検査を拒否したことをさほど重大事とは考えず、間もなく忘れてしまつて、原田課長の事情聴取の際具体的に指摘されてはじめて気付いた。これらの事情を総合考慮すると、申請人主張のように、現在はもとより将来も就業規則に定める携帯品検査に従わない意図で、あるいは職場秩序をみだそうとする意図で本件行為に出たとは到底断定することはできず、むしろ当時携帯品検査が厳重に実施されておらずその重要性につき特別の教育を受けていなかつた申請人が、それが従業員としての義務であることを深く認識することなく、格別の理由もなく全く衝動的に行つたことであるとみる方が自然である。(一旦拒否後直ちに呼び止められ、柏木守衛から携帯品検査の重要性及び就業規則について説明を受け、手提袋を開けるよう説得を受けたならば、応じたことも考えられなくもない。このことは原田課長による第四回目の事情聴取の際、同課長の「どうして今度だけ点検を拒んだのかね。」という問に対し、申請人が「自分でも良く分りません。衝動的にあのような態度をとつた、その時の心理状態は今でも良く説明できません。」と答えたことに、申請人の心理状態がよく表われている。なお、被申請人は申請人が事情聴取の際就業規則三六条は無効であり、現在はもとより将来にわたつても従う意思のないことを固執して応じなかつたと主張するので、もし申請人が真意に基づいて右のように言明したとすれば、本件拒否行為の際も意図的に就業規則を無視する態度をとつたと考えられなくもないが、後記のとおり、申請人が事情聴取の際就業規則を無視するのような発言をなしたのは、理詰めの質問の結果言葉のゆきがかり上大げさに述べたに過ぎず、決して真意とは認められないから、事情聴取の際の申請人の発言をとらえて、携帯品検査の際申請人が意図的に就業規則を無視する態度をとつたことの傍証とすることはできない。

以上述べたところを総合すると、申請人が本件携帯品検査拒否の際、職場秩序をみだすことの意図もしくは認識をもつていたことを認めるには充分とはいえず、いわんや本件拒否行為により現実に職場秩序をみだしたことは認めることができない。すなわち、申請人の本件携帯品拒否行為は、就業規則六四条五号にいう「職場の秩序をみだし、またはみだそうとしたとき」に該当しないということになり、同条の懲戒処分をなす前提たる懲戒事由は認められないことになる。

(三)  所属課長による事情聴取と就業規則六四条

(1)  次に原田課長の事事聴取に対する申請人の態度につき就業規則六四条五号の適用の問題を検討する。まず「職務上の指示命令」があつたかどうかについては、原田課長は申請人の直属の上司であるが、事情聴取の際申請人に対して依願退職を勧める他には何らの作為をも命じていないことは前記認定のとおりであるから、同号の「職務上の指示命令」があつたといえるかすら疑問である。

(2)  さらに同条にいう「不当に反抗し」に該当するかどうかについては、前記認定のとおり、なるほど申請人は原田課長の問いに対し、就業規則三六条は憲法違反だから認めない、今後持物点検があつても協力できない旨答えている。このとだけからみると、申請人は原田課長の「説示」に不当に反抗しているといえなくもない。しかしながら、前記認定のとおり、被申請会社の人事部長は事情聴取の前既に申請人を懲戒解雇か依願退職かいずれにせよ罷めさせることに決意を固めていたのであり、その命を受けた原田課長も退職は免れないもので、それならば懲戒解雇より依願退職の方が申請人に利益で且つ穏便な方法であると判断して、申請人になかば執拗に依願退職を勧め、退職願を出すよう求めたのである。第一回事情聴取の際、原田課長がまず「あなたは大変な事を仕出かしたね」と話を切出して、「持物点検を拒んだということは非常に重大事であり、職場規律を乱したということで懲戒解雇に該当する。」と話した上依願退職を勧めたことは原田課長の意図をよく示すものである。従業員に就業規則違背の行為があつたとされ、それに対する処分を決定する前提として事情聴取を行なうならば、まずその行為の存否、内容を確かめ、どのよう理由で右の行為に出たかを確かめるのが本筋であるのに、原田課長は、これらの確認をすることなく、添田人事部長の考えのとおり、専ら申請人を退職させるための説得をしたのに外ならないからこの説得をもつて真の意味の事情聴取とは、とても認められない。また申請人が「点検するのがおかしい。」と答えると、原田課長はその理由を追及し、あたかも就業規則を認めないという言質をとることが目的であるかのように、理詰めに誘導尋問を繰り返している。それに対し申請人が、就業規則三六条は憲法違反だから認めない、今後持物点検があつても協力できない旨答えたことは明らかに不穏当で軽率の責を免れないが、申請人が従来から携帯品検査は憲法上問題があると考えていた(申請人本人尋問の結果)ところから、その場の雰囲気と原田課長の追及に窮し、いわば売り言葉に買い言葉で大げさに答えたとみるのが自然であり、申請人の真意が携帯品検査及びそれを規定する就業規則を否定することにあつたと解することは到底できない。

以上述べたところからすると、事情聴取の際の申請人の「態度は就業規則六四条五号の「不当に反抗し」たことにはならず、いずれにせよ、同号の懲戒事由には該当しない。

(四)  懲戒解雇処分の当否

以上説示したところによると、申請人には被申請人の主張する懲戒事由は存在しないということになるので、右事由が在存することを前提にしてなされた本件懲戒解雇は効力を生じないものといわなければならない。しかもなお、本件においては、申請人の本件携帯品検査拒否行為または事情聴取における態度が、仮に就業規則六四条五号の懲戒事由に該当するものと仮定しても、以下述べるとおり被申請会社が、申請人に対してなした本件懲戒解雇は、無効たるを免れない。すなわち、就業規則六四条には、同条各号の事由に対する制裁は原則として懲戒解雇で、「情状により依願退職の取扱いとしまたは出勤停止に処することがある」旨規定されている。このことは同条各号の懲戒事由があつた場合、依願退職または出勤停止に止めるにつき、会社にある程度の裁量権があることを示すものではあるが、右裁量につき客観的妥当性を欠き、軽微な懲戒事由に対して処分の軽重を苛酷な制裁である懲戒解雇をもつて臨んだ場合には、就業規則の適用を誤つたものとして右懲戒解雇は無効になるものといわなければならない。これを本件についてみるに、申請人本人尋問の結果によれば、申請人は入社以来七年余一回も会社から懲戒処分を受けていないことが認められ、このことと、被申請会社における従業員の携帯品検査の重要性は否定することはできないまでも、現金を取り扱う企業と異なつてそれが企業財産保持上不可欠とまではいえないこと、申請人の携帯品検査拒否は意識的に悪意をもつてなされたものではなく、衝動的にとられた行動で情状はさほど悪質とは思われないこと、事情聴取の際の申請人の発言も前記認定のような経過でなされたもので、一部不穏当なところがあつたとしても申請人の主観としては相当な根拠に基づくものであつて、ことさら反抗的であつた事情はうかがえないこと、その他申請人が携帯品検査及びそれを定める就業規則を無視するかのような言動または発言をなした証拠はないこと、等の事実を総合考慮すると、被申請会社において、申請人の真意をより充分に確かめることなく、また申請人に若干の時日の余裕を与えて就業規則の今後における遵守状況を見守ることもせず、最終の事情聴取当日直ちに懲戒解雇をもつて望んだことは余りにも酷に失しているものといえる。そうだとすると、本件懲戒解雇は、結局就業規則の適用を誤つたもので無効であるというべきである。(このことは一面申請人の主張するように、被申請会社の恣意によるもので解雇権の濫用に該当するともいえる。)

六被保全権利の存在

以上判断したところからすると、申請人のその余の主張につき判断するまでもなく、本件解雇の意思表示は効力を生ずるに由なく、申請人は被申請会社に対し、なお労働契約上の権利を有しているというべきである。また前掲疎甲第二号証、成立に争いない疎甲第三号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、申請人が昭和四二年九月、一〇月、一一月に支払を受けた平均賃金が二三、九一八円であること、被申請会社は解雇翌日の同年一二月六日以後申請人の就労を拒否していること、賃金の支払期日が毎月一〇日であつて、当日に前月分を支払う仕組みになつていること、一二月五日までの賃金は支払われていることが認められる。右事実によると、申請人は昭和四三年一月以降毎月一〇日限り金二三、九一八円(但し昭和四三年一月一〇日の分は昭和四二年一二月の賃金を日割計算して二〇〇、〇六〇円((円未満四捨五入))となる。)の支払を得くべき賃金請求権を有しているものというべきである。

七保全の必要性

〈証拠〉によれば、申請人は母親と二人暮しで被申請会社から支給される賃金と母親が働いて得る収入とで生活していたが、解雇後は申請人を守る会からの応急的援助金と母親の収入で生活しているものの、会社から従業員としての地位を否定され賃金が支払われないことにより、生活が困窮しこれからも著しい損害を蒙るおそれがあることが認められる。

そして右月額賃金が少額であつて、現在はもとより解雇当時においても生活を維持するに充分とはいえないとみられること、その他諸般の事情を考慮して、当裁判所は申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を定め、かつ申請人のため昭和四三年一月以降本案判決確定まで、毎月一〇日限り前記賃金額と同額の金員の仮払いを命ずる限度において仮処分命令を発するのが相当と考える。

八結論

よつて、保証を立てさせないで右の限度で申請人の申請を認容し、その余を失当として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(森永竜彦 寒竹剛 清田賢)

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